広島地方裁判所三次支部 昭和29年(ワ)22号 判決 1955年4月25日
原告 日東興業株式会社
被告 吉田町
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金八十万円及びこれに対する昭和二十九年四月五日以降、右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告会社は貸金業を目的とするものであるが、昭和二十八年二月頃、訴外株式会社広島建工社に対し事業資金として金八十万円を弁済期は右訴外会社が当時請負つていた被告所有の吉田小学校校舎災害復旧、及び講堂補修工事完成と同時の約で貸付けた。訴外株式会社広島建工社は、被告吉田町に設置された吉田町教育委員会から吉田小学校校舎災害復旧、及び講堂補修工事を請負代金百三十五万円、起工期日昭和二十七年十一月六日、竣工期日昭和二十八年三月二十日、請負代金支払は工事完成後四十日以内の約で請負つていたので、右訴外会社は被告の代表者町長波多野要夫との間に昭和二十八年三月二十日、右工事請負代金中、金八十万円は被告が直接原告に支払ふ旨、第三者のためにする契約を締結し、原告は同時に債務者たる被告に対し受益の意思表示をした。よつて原告は被告に対し右工事代金中、金八十万円の請求権を取得した。訴外株式会社広島建工社は前記請負工事を完成し、且つ竣工期たる昭和二十八年三月二十日を経過したので、請負代金の支払期到来したから、原告は被告に対し前記契約による請求権に基き、被告に対し右工事代金中、金八十万円の支払を請求するも、被告は既に右訴外会社に支払済であると称し、これに応じないので、原告は被告に対し右金八十万円、及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和二十九年四月五日以降、右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと陳述し、被告の抗弁を否認し、公共団体の教育行政は当該公共団体の行政の一部であつて公共団体の長に代表権限がある。このことは教育委員会法第四条に、教育、学術及び文化に関する事務、その他これに類似する事務は公共団体の長の権限に属し、教育委員会は単にこれを管理執行するに過ぎない旨規定している点からも明かである。教育委員会法が、教育行政に関する予算が当該公共団体の予算として議会で議決された場合は、団体の長は教育委員会にこれを配当し、その支出は公共団体の出納長又は収入役に命じて具体的に支払をする旨規定していることは被告主張の通りであるが、教育行政事務が教育委員会において管理執行されるからとてその経費の負担、支払義務が教育委員会にあるとは断じ難く、教育行政に関する費用は当該公共団体の負担であり、支払義務があるものというべきである。このことは同法第五条に教育委員会の経費は当該地方公共団体の負担とする旨規定し、同法第六十条第二項に地方公共団体の長は教育事務に関する収入について収入を命ずる権限を当該地方公共団体の教育委員会に委任することが出来る旨規定している点からも明かである。又被告は本件原告主張の第三者のためにする契約は地方公共団体たる吉田町の長たる町長の関知せざるところであるから無効であると主張するも、これが契約に際しては吉田町の公文書作成の責任者たる訴外中村智において適法に被告が支払を約する旨の公文書を作成交付したものであつて偶々被告の代表者たる町長が不在であり、その公文書作成につき作成者に過失があつたからとてこれを理由に善意の第三者たる原告に対しその支払を免れることは正義に反する故、その支払を免れることは出来ないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張の請求の原因たる事実中、吉田町教育委員会と訴外株式会社広島建工社との間に吉田小学校校舎災害復旧、及び講堂補修工事につき請負代金百三十五万円、起工期日昭和二十七年十一月六日竣工期日昭和二十八年三月二十日とする工事請負契約が締結されたこと、及び右工事完成により請負代金は既に右訴外会社に全額支払済であることは認める。原告と訴外株式会社広島建工社との貸借関係については不知、被告と訴外株式会社広島建工社との間に原告主張のような第三者のためにする契約をしたこと、及び右契約につき原告が被告に対して受益の意思表示をしたことは否認する。仮に原告主張のように被告と訴外株式会社広島建工社間に本件工事代金の中、金八十万円を原告に支払う旨の契約が締結されたとするも、地方公共団体たる被告吉田町の長たる吉田町長にはかかる契約を締結する権限がないから無効である。教育委員会はその所在する町村とは別個独立の存在であつて、公共団体たる市町村が設置したものではない。教育委員会法第五条の規定は単に教育委員会自身に要する経費を何人が負担するかを規定したものであつて、教育委員会が実施する事業の経費は当該地方公共団体の負担となるとするも、地方公共団体の議会で予算を議決し、公共団体の長はこれを教育委員会に配当するものであつて、議決された予算は地方公共団体の長の手を離れ、教育委員会にこれを配当され、教育委員会は配当された範囲内でその支出を出納長、又は収入役に命令するものであるが、教育長は教育委員会の指揮監督を受け、教育委員会の処理するすべての教育事務を掌るものであるから予算の執行は配当があつた以上は公共団体の長に権限なく、教育委員会に移り教育長がその支払の権限を有し、収入役に支出を命令して支払させるものである。即ち教育委員会の実施する事業費の支払義務者は教育委員会であつて、現実の執行事務は教育長が掌るものであることは教育委員会法の規定上明かである。仮に被告吉田町の長たる町長が、原告主張のような契約を締結する権限ありとするも、被告吉田町の長たる町長波多野要夫はかかる契約に関与したことなく、同人不在中、吉田町役場吏員中村智が訴外株式会社広島建工社から吉田小学校補修工事請負代金中、金八十万円の取下方を原告会社に委任する旨記載した書面を示された上、融資の必要上これに証認する旨記載し、吉田町長の認証を求められたが、その際原告に対する支払は他の工事金で支払ふにより、吉田町に迷惑をかけぬと申向けたので、これに基き同人は町長に無断でかかる書面を作成して、右訴外会社に交付したことあるも、前記吏員中村智には原告主張のような契約を締結する権限なきのみならず、又その意思表示は原告主張のような趣旨で原告のためにしたものではない。又その書面の文理解釈上も単に工事金の取下方を原告に委任する旨であり、被告がこれを証認したからとて、原告がその書面を持参すれば原告に対しても支払がなされる意味で、委任者たる工事請負本人の受領権限を奪ふものでなく、原告のみに支払を約束した所謂第三者のためにする契約たる性質を有することは解し難く、工事者本人に支払つたとてその支払は有効である。以上いづれの点よりも原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
理由
按ずるに、教育委員会はその設置された都道府県、市区町村の教育行政を担任する執行機関であつて、その地方公共団体の長は教育行政に関する限りこれを代表して行政事務を執行することが出来ないことは、教育委員会法第四条の規定に照し明かなところである。それゆえに教育委員会は俗に教育知事とか、教育市町村長と呼ばれる所以である。そして教育委員会の職務権限については、教育委員会法第三章に明定され、同法第四十九条第二号は学校その他の教育機関の用に供し、又は用に供するものと決定した財産(教育財産と称す)の取得、管理及び処分に関する事務を行うものとし、同条第十一号は教育事務のための契約に関する事務を行うものと規定しているので、学校校舎の災害復旧及び講堂の補修工事の如きは教育財産の管理行為として又これが請負工事契約締結の如きは教育事務のための契約に関する事務として教育委員会の職務権限に属するものとす。従つて学校校舎の災害復旧、及び講堂補修工事の請負契約は、教育委員会の権限として、その名において契約の当事者たるべきものと解すべきである。但しその契約の効果、即ち権利義務の帰属主体は公法人である当該地方公共団体たることは論を俟ないところである。而して右教育事務のための契約に基く債務の支払については、教育委員会は毎会計年度その所管に係る歳入歳出の見積に関する書類を作成し、これを地方公共団体の長に送付し、その長はこれを議案として地方公共団体の議会に提出し、その議決を得た上、地方公共団体の長は教育委員会所掌に係る予算は当該教育委員会に配当し、教育委員会はその所掌に係る予算についてその配当の範囲内で支出を出納長、又は収入役に命令し支払うものなることは教育委員会法に明定するところである。右規定に従へば、教育事務のための契約に基く債務は当該公共団体が負担するけれども、その支払については一つに教育委員会の権限に属するものといわねばならない。従つてその支払に関する契約の如きは、一に教育委員会がその権限を有し、地方公共団体の代表たる長はかかる権限を有せざるものと解す(教育委員会は一の合議体であるから、契約の実際においては教育委員全員、又は教育委員会法第五十二条の二により当該教育委員会の定めた教育委員会規則の定むるところにより、その代表者たるものがする)成立に争なき乙第一号証に、被告代表者波多野要夫本人尋問の結果を綜合すれば、原告主張の本件吉田小学校校舎災害復旧、及び講堂補修工事は地方公共団体たる吉田町が設立した学校の用に供する財産の管理に関する事務であり、その工事請負契約は教育事務のための契約に関する事務であることが認められるので、これ等事務の権限は吉田町教育委員会に属し、吉田町長にはその権限がないことは前記説明の通りである。されば原告も主張するように、右工事の請負契約は吉田町教育委員会と訴外株式会社広島建工社間に締結されたものである。さすれば前述のように教育事務のための契約に基く、本件吉田小学校校舎災害復旧、及び講堂補修工事の工事代金の支払に関しては、吉田町教育委員会がその権限を有するものであるからこれが支払に関する契約も同委員会がなすべく、吉田町の長たる町長にはその権限がないものといわねばならない。ところが原告の本訴請求は、訴外株式会社広島建工社と被告吉田町の代表者たる町長波多野要夫間に締結された吉田小学校校舎災害復旧、及び講堂補修工事代金百三十五万円の中金八十万円を原告に支払う旨の第三者のためにする契約による請求権に基き支払を求めるというにあるが、被告吉田町の町長にかかる契約を締結する権限なきにより右契約は無効というべく原告の訴旨自体既に理由なきこと明かであるから、爾余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当として排斥し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のように判決する。
(裁判官 伊達俊一)